2021年02月19日

いつか時間が出来たらの「いつか」とは一体いつになるのか問題

ひたすらトルコ行進曲を練習し続けている。楽譜を買ってから5年くらい経っていて、当時途中まで練習してほったらかしにしてあった。半年ほど前に子どものピアノの練習を見ながら、残っている楽譜を眺めていたときに「そういえば」と思い出した楽譜だ。

練習の甲斐あってたどたどしくも通して弾けるくらいにはなったのだけれど、
体力。
が頭をよぎった。これが無いと弾きたい曲も弾けないことに気付かされる。トルコ行進曲は難易度は高くない曲だと思うけど、それでもゆっくりめに弾くと軽く4分はかかる。オクターブの指使いが多いのもあって、2、3回弾くとわたしはしんどい。
体力すなわち若さ……と思い、ピアノに適した年齢で検索をかけたところ、諸説あるようで、ピアノを弾くための体力が年齢に反比例するわけでもない、ということはなんとなく把握した。

それでも若いことに越したことはないと常々考えてしまう。国内外の旅行だって体力がないと楽しめない。仕事のキャリアアップだって子どもが成人して自分が40才半ばになってからではなかなかに厳しい。わたしは自分を納得させるのが難しいので、やりたいことは我慢しないでやりたいときにやっておかないとと思っている。

ふつうに泊まりの出張もするし、念願の海外出張も達成できたし、今度やりたいことはなんだ? 隠居したら絵画は水彩・油彩問わずやりたいとうすうす思っているので、それを今から始めてもぜんぜんいいだろうな。少し鈍感に欲張りにやっていくくらいが、わたしにはちょうどいいと思う。

だから、今日も時間見つけて小説の方も稚拙ながら取り組んだのでした。ほんと、わたしがほんとうにやりたいことはわからない。AKB48の「願い事の持ち腐れ」、『本当の願いは何か』ってやつだ。
posted by 杏後 at 09:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする